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世界五大州から266の名誉学術称号・650の名誉市民称号・国家勲章27・その他合計3800の顕彰そして世界の識者7000人との対話


世界は大人物を求める


2008年10月25日 中国北京師範大学にて「池田思想シンポジウム」を開催

47の大学・諸団体の研究者ら約180人が出席。分科会では、41題の論文が発表。テーマは日中国交正常化提言の意義、芸術論、文学論、人間学、経営論など多岐にわたる。中国の発展は、物質的な豊かさをもたらした一方、国内には精神性の衰退を危惧する声も出ている。

シンポジウムには、北京青年報・新京報・中国教育報・中国新聞・中国教育電視台(テレビ局)などが取材に訪れた。


『池田先生の哲学を研究し、広めていくことこそ、私達学者の使命です!」
         
              (北京大学池田研究会会長:宋成有教授)


『池田先生が掲げる人間主義の教育思想は東アジアの道徳教育の形成に重要な影響を与えています』

              (華南師範大学:劉卓紅教授)

『池田先生の文学は社会の正義を訴え、人間の可能性を引き出します』

              (広東外語貿大学:陳多友教授)

『今まで世界の教育指導者と会ってきましたが、池田先生ほど傑出した人物はいません。このシンポジウムに参加する大学は必ず発展するに違いありません』

              (中国文化大学:林彩梅前学長)

『池田先生の思想は人間の本質を深く捉えています。事実、私自身が変わっただけでなく、私が教える学生も先生の思想を学んで変わっていったのです』

              (遼寧師範大学池田大作平和研究所:崔学森副所長)

『池田先生は東洋と西洋の英知を結合した偉大な人物です。その傑出した思想こそ、中国人民を始め、人類全体が直面する課題を解決する方途なのです!』

              (中山大学教育学院:鐘明華院長)

◎世界が池田先生を求めている。学会員ではない人達が求めている。それは、人類の指標として求めているのだ。

一方、日本ではどうだろうか?学会員ですら、彼らほど求めていない人がいっぱいいるのではないだろうか。

自分の言葉で池田先生を語れる人がどれだけいるだろうか?その前に自分はどうだろうか?

池田先生に嫉妬し、誹謗し、悪口を言う輩で世界的に認められている人がいたら、具体的に教えて欲しい。今現在はまだ、小人(しょうじん)しか見当たらないのだ。
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一支国の雑記帳(7)

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壱岐の皆様、こんにちは!HNで一支国(但し読み名はいっしこくですが)と名乗ってる者です。一支国つながりで、少し壱岐の事を語りたいと思います。

一支国と言えば、連想するのが「邪馬台国」「魏志倭人伝」です。邪馬台国がどこにあったのかはまだ結論が出てないようですが、一支国が壱岐の島であることは疑う余地はないでしょう。それは、原の辻遺跡からも伺う事ができますよね。原の辻遺跡は日本の3箇所しかない“遺跡の国宝”にあたる国の特別史跡に指定されているんですね!

今年10月に壱岐へ観光に行きました。海が綺麗ですね!タイトルは忘れましたが、壱岐を舞台にしたマンガが映画化されてたみたいで、ロケも行われてたんですね。

古墳もいくつか見ましたが、「前方後円墳」を初めて見ました。と言う事は、古代にそれなりの文化があって、豪族みたいな人がいた事の証明にもなりますよね。

建設中でしたが、「原の辻遺跡」の復元も行われているみたいで、完成したらまた見に行きたいです。結構規模が大きいんじゃないですか?

「一大国」という表現が誤記という説もありますが、私はそれは違うと思います。古代中国(魏)に対して「大」の表現はマズいということで、字を替えたのだと思います。本当は「一大国」と表現してたのではないでしょうか?また、それに相応しいだけの文明があったんだと思いますよ。

大陸文化を大和に伝える重要地域だったはずですから、大和より先に大陸文化を吸収していたはずです。また、双方を結ぶ中継点として栄えていたに違いありません。

ところで、「邪馬台国」はどこにあったんでしょうね?「魏志倭人伝」によれば

『(帯方郡から)七千余里にして、はじめて一海をわたり、千余里で対馬国にいたる。・・・(帯方)郡から女王国にいたるのに一万二千余里ある。』

との事ですから、帯方郡から対馬国まで八千余里、一支国で九千余里、末盧国、いわゆる九州まで一万余里、すると残り邪馬台国まで二千余里ですから、九州説が正しいと私は思うのですがね。となると大分県のどこかでしょう。

『女王国の東(方)に、千余里を渡海すると、また国がある。みな倭種である。』

これが四国になりますね。

『倭の地(理)を参問する(人々に問い合わせてみる)に、海中洲島のうえに絶在している。あるいは絶え、あるいは連なり、周旋すること(めぐりまわれば)五千余里ばかりである。』

朝鮮半島から邪馬台国まで五千余里って事ですね。『(帯方)郡から女王国にいたるのに一万二千余里ある』ともつじつまが合います。

やっぱり邪馬台国は九州で間違いありません、というのが私の学説です。それが正しいかどうかは解りませんが、古代へのロマンは尽きませんねぇ・・・。
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6回連続の表彰

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2008年10月13日 台湾SGIが「優良宗教団体賞」を受賞

        1万以上の宗教団体から、優れた活動を行った団体に贈られる。
        6回連続の受賞。

『内外の公益慈善活動や社会事業、災害救助などに尽力された貢献は、非常に大きなものです』

                (劉兆玄:行政院院長)

『慈愛にあふれ、人々の心を清くする活動を今後も展開してください。社会を和やかに、世界を平和にしていきましょう』

                (リョウ了以:内政部部長)

台湾SGIのリンツァオ理事長曰く

「これからも、池田先生の指針の通りに、『大善生活』の建設へ進んで生きます!』

◎「良き市民たれ!」これを実践しているのが台湾SGIです。しかも6回連続です。もし日本でこれを勝ち取るには、どれだけの活動が必要だろうか?

やってない訳ではないのです。地震の時の災害救助活動などは、自衛隊より早いのですから・・・。但し臆病なマスコミには、報道する勇気がないだけなのです。

であるならば、我々の責任ではない。淡々と池田大作氏の指針の通りに行動するのみですね。
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師弟勝利の顕彰

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2008年9月1日 台湾桃園県中れき市内れき高校より「教育文化の光」賞を授与

『池田先生の言葉には、人生哲学があります。我々の人生を向上させ、「善」へと向かわせる力があります。生き抜くなかで最高の価値を創造していくことが出来るのです!』
                (張永福校長)

2008年9月2日 台湾雲林県北港高校より「教育文化の光」賞を授与

『平和を愛し、文化・教育の為に行動される池田先生に、深く賛同します』

                (呂培川校長)

中国時報など大手メディアが取材に来た

2008年8月14日 台湾雲林県燦林小学校より「教育文化の光」賞を授与

『池田先生の人間教育の理念は優れています創価の精神を学び、社会に貢献する人材になろう。』

                (紀進財校長)

2008年9月2日 台湾桃園県桃園女子刑務所より「感謝状」を授与

『池田先生のもと、社会公益にため行動されるSGIは素晴らしい』

                (洪宗煌所長)

◎池田大作氏と台湾SGIの活動によって、台湾のいろいろな所から顕彰されるようになっています。まさに「師弟勝利の姿」と言えるでしょう。
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ベルリンの壁の崩壊を予測

ベルリンの壁とは、国が東西に分断され、冷戦の象徴とも言える場所です。家族や友人とも離れ離れになり、同胞と憎しみ合わなければならなかった悲劇の地だったのです。
壁の設置から2ヵ月後の1961年10月8日、池田大作氏はこの場所を訪れました。兵士や戦車が並ぶ、戦争の色濃い風景の中、門を仰ぎ、彼はこう語ったのです。

『30年後には、きっと、このベルリンの壁は取り払われているだろう』

それを聞いてた人に、その真意は伝わらなかったかもしれません。もしかしたら、聞き流していた人もいたのかもしれません。

しかし池田大作氏の言葉通り、28年後の1989年11月、ついに壁は民衆の手で壊され、ドイツは統一されたのです。

そこに至るまでには、池田大作氏のさまざまな平和の対話があったことは、誰も知る由もないでしょう。

しかし結果(ベルリンの壁崩壊)には必ず原因があるものです。その原因は、池田大作氏の強い一言から始まっていたのです。
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一支国の雑記帳(8)


Coarsen Roof feat. Metis/NYCCA(日華)



たまには音楽はいかがでしょうか?「広宣流布」という歌です。歌詞にご注目くださいませ。
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教育理念を学びたい!

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2008年9月5日 台湾雲林県土庫高級商工職業学校より「教育文化の光」賞を授与

『池田先生の思想と哲理のは、学生と私達教員が学ぶべき智慧が無限にあります』

               (黄慶鐘教務主任)

2008年9月8日 台湾台南市立大成国民中学校より「感謝状」を授与

SGIが製作した「自然との共生展」を開催。池田大作氏が提唱する人間と環境の共生理念を学習した。

『SGIに学び、地球環境を守る行動を起こしていこう』

               (陳坤松校長)

2008年9月9日 台湾雲林県水林小学校より「教育文化の光」賞を授与

池田大作氏が人間根本の教育精神を主張し、社会の調和に貢献したと賞賛。

『池田先生の本から人の為の生き方を学び、人々の幸福に役立つ人になろう』

               (楊昆盛校長)

2008年9月17日 台湾雲林県北港高級農工職業学校より「教育文化の光」賞を授与

『池田先生のもとで活動するSGIのメンバーは、誠実、熱心で、奉仕精神にあふれています。よき模範としていきたい』

               (張錫輝校長)

◎やはり師弟の姿が評価されてますね。信心してない人ですら、池田先生を真摯に求める姿に、我々も見習わなくてはいけませんね。
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未来を開く対話

池田大作氏と世界の識者との対談集は、トインビー博士との対談を始め、50点を超えます。トインビー博士との出会いは、博士のほうから池田大作氏へ、手紙を出したことがきっかけでした。

仏法について深く知りたい。あなたと対談したい---との心境だったのです。当時博士はすでに80歳。海を渡る長旅は難しい。そこで博士は、池田大作氏をロンドンの自宅に招待したのです。こうして「人類の未来のための対話」が始まったのです。

今や対談者は全世界に広がっています。国家元首、国連のリーダー、世界的な科学者、文豪、芸術家、哲学者、宇宙飛行士、ジャーナリスト、人権の闘士など、いずれも各界の第一人者ばかりです。

またその分野は歴史、文学、哲学、経済、教育、環境、法律、宗教社会学、数学、天文学、化学、物理学、医学、平和学、文化人類学、未来学、指導者論、青年論、女性論など万般にわたっています。

さらにキリスト教、イスラム教、儒教、ヒンズー教など、文明と文明を結ぶ対話でもあります。

現在、月刊誌上で連載中の対談は、チョウドリ前国連事務次長との「新しき地球社会の創造へ」があります。また、中国の史学大師・章開ゲン博士とは「人間勝利の世紀をめざして」。名門ウクライナ国立工科大学のスグロフスキー総長との対談は「希望の世紀へ 生命の世紀へ」。アメリカ実践哲学協会のマリノフ会長とは「哲学ルネサンスの対話」を行われているのです。

さらに準備を進めている分を含めると、対談集は約70点にも及びます。対談集をはじめ、池田大作氏の著作の海外出版は、40言語・1000点を超す壮大な広がりとなっています。

特に対談集には、世界の識者から---

「人類の教科書」(中国作家協会・孫立川博士)
「喧騒と対立の現代にソクラテスの対話を蘇らせた」(モスクワ大学・トロービン元副総長)
「平和のための対談集というジャンルを作った」(フィリピン・リサール協会:キアンバオ元会長)
「対談で人間を結び、人間を高め、平和と調和の世界を築くという大事業を成し遂げてこられた池田先生のご貢献は、まさしく人類史に輝く壮挙です」(中国・史学大師:章開ゲン博士)

等の声が寄せられているのです。


小説「新・人間革命」も、連載開始から15周年を迎えます。今度から第22巻目に入ります。しかもこの連載は、まもなく4000回をを迎えます。前の「人間革命」の連載と合わせると、5500回を超えているのです。新聞小説の連載でのこれまでの最長は、山岡壮八氏の「徳川家康」が4725回でした。これを大幅に超え、日本一の記録を更新しているのです。

また、世界の大学・学術機関から贈られた名誉学術称号は245です。さらに世界の各都市からの名誉市民称号も、まもなく600となるのです。

何故これだけ世界から顕彰されるのか?それは、『創価の師弟は、全世界に信頼と友情を広げている。だからこそ、厳然と、後世に歴史が残っていくのである』と言われてます。
                (第23回本幹スピーチより)
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世界の知性との対話


■国家元首・指導者

中国・・・胡錦濤国家主席・トウ小平氏・温家宝首相・
韓国・・・李寿成首相
フィリピン・・・ラモス大統領
インド・・・ラジブ・ガンジー首相
インドネシア・・・ワヒド大統領
タイ・・・プーモポン国王
南アフリカ・・・マンデラ大統領
ナイジェリア・・・オバサンジョ大統領
ガーナ・・・クフォー大統領
フランス・・・ミッテラン大統領
イギリス・・・サッチャー首相
チェコ・・・ハベル大統領
スペイン・・・カルロス国王
スウェーデン・・・グスタフ国王
ドイツ・・・ヴァイツゼッカー大統領
ポーランド・・・ワレサ大統領
トルコ・・・オザル大統領
ソ連・・・ゴルバチョフ大統領・コスイギン首相
キューバ・・・カストロ議長
コスタリカ・・・アリエス大統領
チリ・・・エイルウィン大統領
ブラジル・・・フィゲイレド大統領etc...

■国連

デクエヤル事務総長
ガリ事務総長
チョウドリ事務総長

■文化人や平和活動家

クーデンホーフ・カレルギー伯爵(欧州統合の父)
ロートブラット博士(核廃絶を目指す科学者の連帯であるパグウォッシュ会議会長)
スワミナサン博士 (核廃絶を目指す科学者の連帯であるパグウォッシュ会議会長)
マータイ博士(アフリカの環境の母)
パークス氏(アメリカ公民権運動の母)
ポーリング博士(現代化学の父)
アタイデ総裁(ブラジル文学アカデミー)
エスキベル博士(アルゼンチンの人権の闘士)
ペッチェイ博士(ローマクラブの創設者)
ホフライトネル名誉会長(ローマクラブの創設者)
ルネ・ユイグ氏(フランスの美術史家)
アンドレ・マルロー氏(作家)
ウンガー会長(ヨーロッパ科学芸術アカデミー)
バキン氏・金庸氏(中国の文豪)
井上靖氏・山岡壮八氏・有吉佐和子氏・遠藤周作氏(作家・文化人)
松下幸之助氏(実業家)etc...

◎これらの対談に文句がある方は、せめて一人位と正式対談してから批判してくださいね。

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全米最大の仏教専門誌に掲載(1)

トライシクル記事へ

<信仰の革命>


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池田大作氏は、世界最大の在家仏経団体であり、アメリカで最も多様性に富む仏教団体でもある創価学会インターナショナルの会長である。この貴重なインタビューの中で池田氏は、本誌の客員編集員のクラークストランドに対し、しばしば誤解されがちであったSGIの組織の注目すべき歴史と、メンバー目指しているものは一体何なのかという事を語っている。

学会員が唱える御馴染みのお題目、南無妙法蓮華経は、ハリウッドの著名人や有名なジャズミュージシャン達から世界中のありふれた芸能人の間に至るまで有名である。彼らが唱えているのは、法華経の日本語のタイトル(題目)であり、その法華経には教えの通りに信仰を実践すれば、我々の誰もが例外なく悟りに至れると断言されている。

 創価学会(価値創造学会)は 1930年に、日蓮の教えに強く影響を受けた日本の教育者である牧口常三郎 [ 1871-1944 ]により設立 、日蓮は13世紀の日本の仏教の僧侶であり 、法華経の教えをもとに当時の日本社会の変革を目指した。
 1943年、牧口は、日本政府が国家神道の旗の下で求めてきた他の仏教宗派との統合を拒否し、その結果軍事政権の権威に逆らったとして治安維持法により逮捕された。彼は投獄され1年後に死亡。 戦後、彼の弟子戸田城聖[ 1900-1958]により創価学会の会員は劇的に増加し、社会の平和と民衆の権利を確立する草の根の運動は、国家的な社会現象と言えるほどにその高まりをみせた。 1958年の戸田の死後 、国際社会への創価学会の日蓮仏教の教えを広めたのは、戸田の弟子池田大作で、1975年にグアム島で創価学会インターナショナル ( SGI )を設立した。

192カ国1200万人の会員を擁するSGIは、世界最大の仏教は団体で、アメリカにおいても地域に2600の組織と全国約100箇所の会館を有し、民族的にも最も多様なアメリカ最大の仏教の教育機関である。

仏教に改宗した欧米人達の中でもとりわけSGIは、伝統的な仏教徒、例えば禅やVipassana(瞑想?)や Vajrayana(金剛乗;密教 or ヨガ?)のような瞑想・思索的な一団とは常に明確な一線を画してきた。(従来の)思索・瞑想的な仏教の視点でSGIを理解しようとしても、ほとんど得られるものはないであろう。ではSGIがめざすものとは?その教えとは?、そして何よりも何故、彼等が世界中の多くの異なる文化の中で受け入れられ急速に広まっていったのだろうか?

数ある全米の雑誌の中で、初めて実現した池田大作SGI会長のインタビューは、今年の夏、トライシクル誌の客員編集者であるクラークストランドによって電子メールで行われ、アンドリュー・ゲバートにより翻訳された。これは、宗教間の対話と地球的規模の問題にかかわる仏教の将来向けリーダーシップとりつづけるSGIのトップとの間での、2年間に及ぶやりとりの集大成である。

Faith in Revolution (1) interview本編 part1
クラーク・ストランド(以下"ストランド"と略:)

法華経の題目、南無妙法蓮華経を唱える日蓮門下を除いて、ほとんどのアメリカ人は日蓮仏法について全くといっていいほど知りません。日蓮仏法の基本的な実践の果たす役割について、我々の読者に教えていただけませんか?

SGI会長(以下"会長"):
日蓮は、題目とそれがいかに作用するかについて、次のような例えでもって述べています。
「譬えば籠の中の鳥なけば、空とぶ鳥のよばれて集まるが如し。空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し。口に妙法をよび奉れば、我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ。」
南無妙法蓮華経と唱える事は、我々と、全ての生命の中にある仏性を呼び覚ますのです。これは普遍的な仏性への信仰に基づく行為であり、また、生命に本源的に備わる悟りの生命を認めようとすることができない、生命の根源的な闇(元品の無明)を打ち破る行為なのです。この根源的な迷い・無知こそが、我々の生死流転の苦しみをもたらす原因です。しかし、我々がこの、万人に例外なく備わる素晴らしい悟達した生命を呼び覚ましそれに立脚する時、生と死にまつわる避けられない本源的な苦悩でさえ苦痛とはなりません。いな、むしろそれらを、永遠の生命と歓喜と、本当の自分らしさ、純粋さを具現化する人生へと昇華することができるのです。

ストランド:
(日蓮の唱題行は)表面的には鎌倉時代の日本で生まれた、例えば、ただ座禅に徹する道元や、ひたすら念仏を唱える法然の修行法に似ているような気がしますが。

会長:
あなたのご指摘の通り、日蓮の唱題行は彼等(道元や法然)のそれと見かけ上は類似の点もあります。これらは、意識するしないにかかわらず、武士中心の政治システムへと移行しつつあった動乱の鎌倉時代という特殊な時代状況への、(仏教の側からの)共通した反応であり挑戦であったと見る事ができると、私は信じています。

ただ座して瞑想にふける禅の修行法は、いわば「自力」に依存する行法の代表的なものであり、そこには自らを超越したいかなる真理や存在への働きかけもありません。その一方、称名念仏はひたすら阿弥陀仏にすがり、その救いを求める、いわば「他力」に依存する代表的なものです。

日蓮は法華経の説くところに基づき、自力と他力のいずれか一方に偏重するのではなく、両者の均衡・調和した行き方こそが賢明である(「今の法華経は自力も定んで自力にあらず、(中略)又他力も定で他力にあらず(『一代聖教大意』)」)と宣言しています。

南無妙法蓮華経と唱える日蓮の唱題行は、我々が自身の中に内在すると同時に、自らを超えたところにもある力と知恵を発見するように導きます。このことは、自力と他力の両方の側面を受け入れることになります。

ストランド:
日蓮仏法の信仰者達は彼等が望むものの為に―出世とか、もっと健康にとか、良い結婚をとか、或いは世界平和とか―そういうものの為に題目を唱えますよね。欲望に打ち勝つというより欲望を満たす為に祈るというのは、純粋な伝統的な仏教徒の主義に反しないのでしょうか? これは矛盾するということにはならないのでしょうか?

会長:
 宗教の目的が幸福の実現の為にあるとお考えならば、全く矛盾するものではないでしょう。大乗仏教の理想は自他共の幸福の実現にあります。男女の差別なく、また、教育を受けているいないにかかわらず、全ての人間の中に仏性があると完全に説ききっている経典は、法華経以外にはありません。法華経では、身分や出自、個人や文化、社会的背景の違いに関係なく、あらゆる人々に成仏への方途が明らかにされています。私達が法華経の題目を唱えるのは、この理想にかなった自らの誓いを、日々新たにしゆく方途なのです。

ストランド:
 そうであったにせよ 仏教徒の伝統では―大乗仏教の伝統でさえそうですが― 悟りのためにはどちらかというと禁欲的なアプローチに焦点が当てられる傾向がありました。法華経の中に、そのような大衆的な改革のようなものが見い出せるのでしょうか?

会長:
 法華経は、自らの欲望に打ち勝ち心の平穏を得ようと修行に邁進する人たちが、欲望をコントロールしようとする修行の有効性を否定するものではありません。問題は、修行それ自体が知恵に入る門すなわち手段であるにもかかわらず、修行そのものを目的とみなしてしまう本末転倒した認識にあります。日蓮は万人が知恵に至る事ができる信仰の道筋を 初めて確立しました。我々は日蓮の教えに従う事で、それが喜びであれ苦しみであれ、人生のあらゆる局面で、自らに本来内在する智慧を不断に湧き立たせ駆使していく事が可能になります。日蓮は煩悩即菩提と宣言しており、愚痴と煩悩の真っ只中で生きる民でさえ、最高の智慧をあらわすことができるそのプロセスを論じています。

ストランド:
それでも、欲望(煩悩)を満たす為の唱題が悟り(菩提)に至るという事は、日蓮門下以外の人は相当理解に苦しむのではないかと思えてなりませんが。

会長:
 まず第一に、創価学会員を含めた全ての仏教徒にとって重要なことは、南無妙法蓮華経は単にそうした欲望を満たす為だけの、いわゆる魔法の呪文のような類ではないということです。法に対する信仰の発露の表現であり、我々の生命をその法のリズムに合致させゆく実践なのです。それは迷いの生命から噴出する欲望と苦悩に縛られた小さな自分、いわゆる小我を乗り越えていく道です。我々の生命をより偉大な自分自身への確立に向けて鍛え変革していく、自分自身の仏の智慧と慈愛にあふれた境涯を涌現させ、自他共の幸福実現させる為のプロセスに他ならないのです。

創価学会はその草創期には、「学会は病人と貧乏人の集まり」と世間に馬鹿にされ嘲笑されました。しかし、私の生涯の師である戸田城聖はこのことを誇りとし、確信をもってこう宣言したのです。
「病人と貧乏人を救う事こそ、宗教のまことの使命である。これこそが仏法の目的である。創価学会は庶民の、そして不幸な人の味方であり友人である。我々はどんなに馬鹿にされようが、そのような人々の為に戦い続けるのである。」と。
 戸田は戦後の廃墟の日本にあって、このことは最も高貴な行動であると仏の目には映っているに違いないと確信していました。

 更にまた、法華経は現世利益を否定するものではありません。法華経の教えは、人々がそのような利益を期待し信仰の実践を開始できるようにすることで、信仰に基づく人生の軌道を確立し、そして次第に深められていく信仰の実践を通し、最初の信仰の動機が何であったにせよ、我々自身がいつしか仏法者の道を歩んでいる、それが何であれ普通の人間なら誰でも抱える悩みや心配事に直面した時、期せずして仏法の智慧の世界に入っていることを発見するようになります。普遍的な法を説いているこの経を信じ生命を浄化する事で、日常の行動を仏法の精神の核心に調和したものにする事ができるのです。法華経と日蓮の教えによれば、日常生活を離れて仏法はありえないのです。


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全米最大の仏教専門誌に掲載(2)

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<信仰の革命>

Faith in Revolution (2) interview本編
ストランド:
 欧米の研究者達は日蓮の事を、日本の指導者が正法に帰依し、それを社会の中で現実のものとするよう、正しく未来を見通した言葉をもって主張した最初の仏教指導者であったと認識しています。宗教はその主張を貫く事よりもむしろ、既存の権力構造を手助けすることが求められるのが伝統であった国家の中にあって、自らの命の危険を犯してまで社会に対し仏法者の立場から諌暁を行った。そこまで思い切った手段に訴せしめるに至った、日蓮を触発したものとは一体何だったのでしょうか?

会長:
 御指摘の通り、古来、日本では宗教は権力者を手助けすることが期待されていました。権力に対する従来と全く異なる対応こそが、日蓮の人となりを理解する上で重要なカギになります。

 日蓮は民衆の苦悩に同苦し、これを何とかせずにはいられないという責任感を抱いていました。そして、この民衆の苦悩への共感と、社会の変革への真剣な提言こそが、日蓮の行動の正に中核にあるものなのです。

 香峯子.jpg
池田大作と彼の妻香峯子
池田大作と彼の妻、金子[左から2番目] 、東京で1979年には、創価学会インターナショナルのメンバーを訪問。 c Seikyo Shimbun c Seikyo新聞

 13世紀の日本の鎌倉時代は、生きるのには大変な時代でした。地震、干ばつ、その他の自然災害のみならず、飢餓、疫病、武力紛争等も同様に、常に生命が脅かされた時代でした。しかし、当時の政治権力者も宗教の権威者達も、自身の力の及ばぬ事態に、先を見通した効果的な行動を取ることはできませんでした。その結果、民衆の間には無力感と絶望感が蔓延していました。

日蓮は生来、こうした他者の痛みに目をつぶることができない人でした。故に日蓮は、既存の秩序に挑む戦いを開始したと宣言しています。

ストランド:
それは大変危険な事のように思えますが。

会長:
 ええ。しかし日蓮はその危険を承知の上でした。1260年彼は、執権に退いていたとはいえ当時の日本の最高権力者であった北条時頼に、立正安国論を提出しました。封建社会の中にあっては、権力のピラミッドの頂点にある者の意識を変革させる以外にない事を確信していたからです。その後、長年にわたる迫害や日常的な暗殺、あるいは処刑の脅威にも屈することなく、日蓮は猛然と諌暁を続けたのです。彼の、今世での幸福は確かに実現可能であるとの教えが、民衆の中に多くの信仰者を獲得したのは確かでした。しかし、社会の中で虐げられた階層への彼が及ぼした影響が、権力者にとって脅威とみなされたのも 無理からぬ事でした。

 日蓮はこれらを全て明確に予見していました、そして、当初、この事を言うべきか言わざるべきかと彼を苛んだ疑問と問題点は、彼の著作の中に偉大とも言うべき率直さでもって記されています。
 ある時点で、彼は弟子に明らかにしています:
「 日本国に此れをしれる者は、但日蓮一人なり。これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし。いわずば慈悲なきに・にたりと思惟するに」
激しい自問自答の末に日蓮の胸中に浮んだのは、仏の滅後にこの教の流布を強く促す法華経の言々句々でした。そして彼は、社会を変革し全ての人々が幸福に暮らせるようにするとの、偉大な誓願を立てたのです。

ストランド:
 日蓮が遺したものは、創価学会によって未来に向けてどのように受け継がれたのでしょうか。

会長:
 創価学会の最初のリーダー牧口常三郎と戸田城聖は、共に日本の教育改革に身を捧げた革新的な教育者でした。牧口は創価学会設立の二年前の1928年に日蓮仏法に帰依し、戸田もすぐその後に続きました。二人は日蓮と同様に、苦悩にあえぐ民衆の幸福の為に身を捧げました。

 しかし第2次世界大戦のさなかにあって、彼等は日本の軍部のファシズムへの流れと、戦争遂行の為の神道への思想統一に抵抗した事で弾圧されることになります。その結果、二人は逮捕・投獄されました。1944年、極度の栄養失調で牧口は獄死。享年73歳でした。敗戦の荒廃の中、出獄した戸田は組織の再建に着手するのです。

ストランド:
しかし創価学会の徹底した平和へのメッセージに反対したのは軍部だけではなかった、そうですね?

会長:
 そうです。日蓮の死後700年の間に、日蓮仏法は民衆の利益と苦悩に全く鈍感になってしまっていました。時として、極めて国家主義的な教えとして解釈されてしまった事さえありました。牧口は、日蓮仏法が民衆の幸福の為の宗教に他ならない事を再発見したのです。彼はそうした幸福の実現を、社会の最も基盤となる教育の改革の実践に求めました。やがて彼の目標は、あらゆる階層の人々と生命を変革しゆく実践を共にすることで、民衆と社会そのものへと拡大されていったのです。

ストランド:
日蓮仏法もまた、他の全ての仏教教団同様、政府の戦争遂行の為に統合されていったのではなかったでしょうか?

会長:
 日本の軍国主義の狂気の時代にあって、牧口が所属した日蓮正宗宗門も政治権力の圧力を受けました。例えば彼等は権力者にとって問題視された日蓮の著作の一節を、書き換えたり抹消することに同意しました。牧口はそれとは対照的に、民衆の幸福の為の人道的貢献という日蓮仏法の本来の目的を貫き、結果、獄死したのです。

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全米最大の仏教専門誌に掲載(3)

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<信仰の革命>

Faith in Revolution (3) interview本編 part1


戸田ー牧口.jpg
戸田城聖と牧口常三郎
戸田城聖[左]は、創価学会の2番目の社長と牧口常三郎 、設立社長は、カリフォルニア。 1930. 1930 。 c Seikyo Shimbun c Seikyo新聞
ストランド:
 今や世界的な広がりをみせている、戦後の創価学会の人間主義は、牧口の戦争への抵抗の中から生まれたのですね。

会長:
 そうです。むしろ「啓発されて」と言ったほうが良いかもしれません、牧口会長の人道的価値を守ろうとする苦闘は、我々にとって永遠の模範であるからです。獄中から生還し、真に「現代の仏教」として理解できるように明らかにしたのは、彼の弟子、戸田城聖でした。戸田は獄中にあって、法華経の難解な文を全存在を賭けて読み切り、「仏とは生命以外の何物でもない」との、画期的な洞察を得ました。私は、長遠なる仏教史の中にあって、この洞察はまことに深遠で意義深いものであると個人的に確信しています。戸田はこの獄中の悟達を通し、身近な現代の人間主義によって法華経のメッセージの核心に普遍的な意味を与え、時代や宗教や文化的背景に関係なく、現代の日常生活の中に力強い説得力のあるものへと蘇生させたのです。

 戸田は、創価学会は平和な社会を実現するために日蓮の仏法を広めゆく使命を帯びた仏意仏勅の団体であると確信していました、そしてこの誓いを組織のアイデンティティの柱としたのです。彼自身は決して国外に出た事はありませんでしたが、彼は世界平和をについて深く憂慮していました。

 逝去のわずか半年前の1957年、彼は、人間の生存の権利を脅かすものを絶対悪であると糾弾する歴史的な原水爆禁止宣言を発表しました。こうして彼は、法華経に説かれた生命の尊厳と平和を全世界に広めようとしました。私はこの戸田の努力が、日蓮仏法が世界に広まるのに大きく貢献したと確信しています。

ストランド:
しかし創価学会を世界に広めたのは戸田ではなかった。創価学会インタナショナルを創設した、あなたの使命となったのでしたね。

会長:

 三代会長として、私は先代の会長に深い薫陶を受けました。教えを世界に広め、その長期的な流れを確かなものとする事に、強い責任を感じていました。戸田は逝去のわずか1週間前、私を側に呼び、メキシコに行った夢を見た、そこでは人々が仏法を待ちわびていたと、私に語ったのです。

教義に関して、私は、その根底にあるものよりも日本の歴史と文化によって影響を受けた、日蓮仏法の伝統的な解釈に付随する要素を分離しようと努めました。それ故私は、この着想を洗練させ普遍化させるために、世界中のあらゆる人々と対話を続けてきました。なぜなら私は、すべての文化と宗教は人間の深い真実の表現であると確信するからです。私は、常に仏教以外の哲学の伝統を参照し、文学や芸術、科学、医学の知見や洞察を導入し、幅広い文化や宗教的バックグランドをもつ思想家の、人々を勇気つける言葉や洞察を、創価学会の会員をはじめとする人々と分ちあってきました。

ストランド:
 私はアメリカの学者リチャード・シーガーが、彼の創価学会に関する本の中で、創価大学の日本 アメリカのキャンパスの中には、ビクトル・ユゴーやウオルト・ホイットマンの彫像はあっても、伝統的な仏教徒の像や仏像は全く見つけることができなかったと、驚きをもって記していたのを思い出しました。

会長:
 イギリスの哲学者 アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861--1947)は宗教についてこう記しています:「原則は永遠であるかもしれない、しかしそれらの原則の表現は、絶え間ない進化を必要とする。」私にとってこれは全く仏法に合致したものです。仏法は、異なる歴史や文化を越えて、民衆の平和と幸福への変わらぬ願いに応えるダイナミックな生命哲学であるからです。これが、次の千年に向けた仏法の更なる発展に、異文化間の対話がきわめて重要である所以であります。仏法の本質に根ざすならば、それは常に(新たなものと)出会い、学び、進化していく必要があるのです。この意味で私は、SGIの使命の中心としてなされている、再発見と純粋化と普遍化という作業は、まさしく仏法の本質そのものであると確信しています。

ストランド:
 あなたは法華経の教えを「人間革命」というプロセスの表現に置き換えられました。前半(「人間」)はあなたの哲学である仏教の人間主義という印象を受けます。しかし後半は「革命」でもあります。仏教の中に、SGIが教義として教えるような、更に革新的な何かがあるのでしょうか、また、宗教的なヒューマニズムは、いかにしてそうした革命の起爆剤となるのでしょうか?

会長:
 仏法は本来革新的です。私は(仏法で言うところの)悟達ほど革新的なものは他にないと思います。それは私達の生命に内在する本来の自分に還ることであり、同時に劇的な変化をもたらすものです。
日蓮はこう述べています:「しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし」

会長:
「人間革命」という言葉は戸田会長により知られるようになりました。それは悟達という事を現代の言葉で表現したものです。日蓮仏法においては、悟達は常に社会に影響を与えます。個人の内的、精神的な変化は、まぎれもなき生命尊厳の感覚を呼び覚ますことができます。そして現代社会の誤謬の根底にある、生命軽視と不信感に反撃するのです。かくしてこの内面の変化は、個人の幸福と社会の平和を実現する基盤となるのです。繰り返しになりますが、日蓮仏法では、この二つは決して切り離す事はできないのです。

 個人という面で、戸田はこのように説明しています。:
「人間革命といっても特別なことではない。どこにでもいるような怠け者が、一生懸命仕事に励むようになるような、かんたんなことだよ。あるいは学問に興味がなかったのが、一生懸命学問に打ちこむようになる。貧乏で苦しんでいたのが、安定した良い暮らしができるようになる。人間革命とはそういう風に人生の方向転換をすることである。そして、仏道修行による悟りにもとづく意識の変革が、それを可能にするのです。」と。

ストランド:
 はい、しかしそれは、我々の殆どが慣れ親しんできた成仏の概念とは随分違うものですね。

会長:
 「人間革命」という言葉を使うことで、戸田は、従来日本やアジアのほかの地域で主に死後のこととされてきた成仏の概念を、私たち自身のユニークな才能と性格を伸ばし開花させるという、明解で深遠な今世の目標としたのです。そのような努力をしている人々の草の根の運動が世界規模で手を携え連帯が実現するならば、非暴力による世界の変革を実現する道が眼前に広がる事を、私は心から確信しています。

ストランド:
 法華経のまさに最後の部分で釈迦牟尼仏はこう述べています:「若し是の経典を受持する者を見ては当に起つて遠く迎えて、当に仏を敬うが如くすべし」
 この釈迦牟尼の言葉はどういう事でしょうか?

会長:
私は、この言葉は複数の異なる宗教が存在する世界に生きる仏法者にとって、明解なガイドとなると信じています。

 日蓮はこの「当起遠迎・当如敬仏」と訳された部分を、法華経八巻の「最上第一の相伝」と位置付けています。滅後の未来に法華経を受持する人が、そのように遇される事は、人格者であった釈迦牟尼が最も望んでいた事であると。言い換えれば、最も大切なことは我々の人間としての行動・振舞いであり、いかに一人の人を守り大切にできるかということです。

 法華経には、会う人ごとに次のような言葉をもって敬虔な礼拝をした不軽菩薩に関する章があります:「我れ深く汝等を敬う、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆な菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」
これは国際的な結合の時代の中にあって、グローバルな問題点や憂慮の中に生きる現代の仏法者の、具体的な模範となりうるものです。

 大乗仏教の説くところによれば、今我々が生きるこの時代は、一切が対立の傾向にある闘争と不和の時代である、末法と呼ばれています。このような暴力に満ちた時代の潮流に対抗し反撃する唯一の道は、自他共の仏の生命に対する強固な信仰を持つ事に他なりません。そして、我々が他者に可能な限りの敬意を払うことが、このことを実行に移す事に他なりません。

ストランド:
 未来は常に希望にあふれているにもかかわらず、今日の国際関係の中にはそれがあまり見えてきません。

会長:
 全くです。しかし仏法はまさにそのような希望を育む道を提示することができます。自他共の信頼に立脚し他者を仏の如く遇する、それが、我々のすべてに内在する仏の生命を目覚めさせその力を強めゆく実践なのです。そこにこそ、日蓮が提唱した弘教の実践の本当の意味があるのです。

私達は他者の仏の生命を信じる心を呼びさますことができます 自ら他者に同苦しそして全ての為に幸福を願う対話の誠実と敬意にあふれた対話のプロセスを持続させる。これこそが、人から人へと仏法を伝える弘教の魂にほかなりません。まさしくこれこそが、対話の中にあって尊敬に根ざした信頼と友情をもたらすのです。

 他者を尊敬する資質は全ての人に等しく備わっております、それは、宗教の教義の枠をも乗り越えたものであるがゆえに、この資質こそ尽きることなき希望の源泉です。仏法者によって他者に向けられた尊敬の念は、信仰や教義にかかわりなく、その深い人間主義から発せられるものです。
日蓮はこの事を、詩的な喩えでもって述べています。
「鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」
これこそが仏法の真髄であり、大いなる希望の源泉なのです。

 -〔完〕-


・ 辞書と首っ引きの翻訳故、その程度のものである事をご了承下さい。

  fwik(傳育) 拝



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テレビ放映された巻頭言

 アイスランド.jpg

2008年10月13日 アイスランドのテレビ局「テレビジョン・チャンネル1」にて

             大白蓮華8月号の「巻頭言」を紹介


『有名な平和哲学者である池田SGI会長は言われています。「人間の世界にあって、人間によって乗り越えられぬ困難など、絶対にない。乗りこえていく力は、誰人の生命にも具わっている」と』

この模様は、11月1日まで6回にわたってゴールデンタイムで放映された。今回の要請は、母国の繁栄を祈り、「良き市民」として社会に貢献してきたSGIへの深き信頼の証である。(本年4月に政府より宗教法人として正式に認可を受けた)

■アイスランド国家の状況

深刻な経済危機。大手銀行の国有化。通貨価値の大幅下落。多くの国民が仕事や貯金を失い、大きな不安に覆われている。
        ↑
アイスランドSGIのメンバーは、自身も苦しい状況にある中で、「苦しむ友を救いたい」と励まし運動を展開。また、国家の危機回復を真剣に祈る勤行会も開催。

◎それを聞いた池田大作氏は

『絶対負けないで、勝ち抜いてください。祈りです。皆さん方の祈りが根本です。「大悪を(起)これば大善きたる」「わざわひ(禍)も転じて幸となるべし」との御聖訓通り、すべてを変毒為薬していかれることを、私も妻とともに心から祈ります。つらいだろうけど、仏法は一番つらい時に、衆生を救うのです。「立正安国」です。必ず勝利していけることを確信し、前進していってください』

とのメッセージを送られた。

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師弟不二

『若き私には、戸田先生がいらっしゃった。それが私のすべてであった。偉大な賞との出会いほど、人生にとって大事なことは無い』

『師匠が中傷されているのに、影で嘲笑っている人間もいた。師匠を苦しめた悪い人間もいた。いずれも、厳然たる仏罰を受けている。

昔の学会は、財政的な基盤もなかった。無理解や偏見の中、周囲から蔑まれ、責められる。その烈風のなかで、私は師匠を守ったのである。

戸田先生に仕えた私のように、今、学会を守り抜く本物の一人がいるかどうか。それが一切を決する。』

『原野を切り開かなければ、道は出来ない。私は道をつくってきた。大聖人の仰せ通り、戸田先生の仰せ通り、一分も違えずにやってきた。その勝利が、今日の学会を築いたのである。』

『牧口先生の為に戦われた、戸田先生の志は、余りにも深かった。牧口先生の「創価教育学体系」発刊という、大きな仕事の際にも、その編集、出版のすべてを、若き戸田先生が自ら志願された。

私が一切をなげうってやります。牧口先生の喜びは、私の喜びです・・・これが師弟のであり、戸田先生の立派な姿であった。この師弟があったからこそ、今の学会はある。そして、戸田先生と私の師弟があったから、学会は伸びたのである。』

『師匠の存在があるということ。師の理想を護り、大切にするということ。この点が揺るがなければ、学会は磐石である。』

『昭和54年、会長を勇退した時、私は最も力がみなぎった時期であった。国内で、また国外で、学会に対する社会的な信頼が高まっていた時期でもあった。その時に、学会を壊そうとする嫉妬の動きが起きたのである。』

『戸田先生は、誰よりも仕えた私に対して、ある時は「俺が死んでもお前は長生きしろ」と言われ、ある時は「大作には本当に苦労をかけた」と涙ながらに言われた。
だからこそ私は、「この人生を生ききろう!」と決めた。そして今日の学会がある。』

『人知れぬ苦労を重ねて、尊き学会を護り抜いてきた。これだけの仕事を出来る人はいない、と言われるほど戦おうと、心に決めて進んできた。折伏が進まなければ、戸田先生の仰せのままに、「私がやります」と約束し、当時、低迷していた文京支部へ、また「大阪の戦い」へと、勇んで飛び込んでいった。

先生の財政難の時には、「私がいます」と申し上げてご安心いただき、護り抜いた』

『戸田先生の当時は、海外への拡大など想像もつかなかった。しかし私には、先生と約束した「世界広宣流布」という目標があった。全力で手を打ち続けた。気の休まる陽は、一日もなかったと言ってよい。

真の仏法者は、難こそ誉れ、である。激しい迫害を受けながら、ただ、戸田先生の偉業を、戸田先生とともに成し遂げようと戦い続けた。』

『折に触れて申し上げてきたが、戸田先生は、軍国主義と戦った牧口先生の大恩に感謝され、「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」と語られた。これこそ、本物の師弟である。と私は感動したのである。』

『わが学会は「師弟不二」が根本である。師弟が同じ心で・・・私はこの精神を保ち、戸田先生とともに、今日まで進んできた。ゆえに、恐い物は無い。何があろうと、悠然と指揮を執ることが出来たのである』

『今の学会の大発展の姿を見たら、戸田先生が、どれほど喜ばれることか。私はすべて先生がおっしゃられた通りにやってきた。皆様もまた、私の後に続いていただきたい。幾重にも友情の絆を広げていただきたいのである。』

『私がこれだけ幅広く、立体的に数多くの識者と出会い、語り、動いてこられたのは、すべて若き日の戸田先生の薫陶のおかげである。

戸田先生にお会いして61年。私はまっすぐに、弟子の道を歩み抜いてきた。戦後の混乱で、先生の事業が挫折した時、私は、一切を捧げて師をお守りした。「広宣流布の為に、先生にもっともっと、長生きしていただきたい!」私と妻の願いはただ、それだけだった。

師匠に思う存分、広布の指揮を執っていただくために、決然と立ち上がった。常に師を不二の心で戦った。これが弟子の道である。創価の師弟の大道である。あとは何も無い。これほど尊い、無上の道はないのである。』
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教育界から続々と顕彰


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■2008年9月17日 台湾桃園県平鎮高校より「教育文化の光」賞を授与

『世界平和の為に闘われる池田先生の偉大な精神を学ぶべきです。自分の人生のためにも、平和と希望の未来を築くためにも、積極的に社会に貢献していこう!』

                  (張永リン校長)

■2008年9月18日 台湾彰化市泰和小学校より「感謝状」を授与

『池田先生の思想は児童達に恵みをもたらす。先生の社会貢献の行動とSGIの熱心な公益活動を、模範としていきましょう。』

                  (洪文黎校長)

■2008年9月23日 台湾嘉義県東石高校より「教育文化の光」賞を授与

『池田先生の著作に込められた深い哲学性を、真剣に学び取って欲しい』

                  (劉永堂校長)

■2008年9月25日 台湾桃園県ソウ龍小学校より「感謝状」を授与

『児童達が大きくなったら、池田先生とSGIのように行動し、社会をよりよくする人材郡になるよう、育てて生きたい』

                  (呉朱森校長)

■2008年10月1日 台湾雲林県斗六高校より「平和教育の光」賞を授与

『池田先生の指針のもと行動するSGIは、現代に極めて重要な価値があります』

                  (李世峰校長)

◎台湾の師弟不二の戦いは、台湾の教育界にどんどん拡がっています。正しき行動を実践する側、それを正しく評価する側、どちらもすばらしいと思います。
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韓国を代表する月刊誌 「月刊朝鮮」にインタビューを掲載(上)

 韓国1.jpg

■対話の必要性■

Q.世界平和の為に最も重要なものとして、「対話の必要性」をしばしば取り上げられてました。対話にも技術が必要だと思いますが、対話を上手に行うにはどうすればよいでしょうか?

A.今夏、北京オリンピックが、成功裏に閉幕しました。地球の津々浦々から集った選手達が、同じルールのもと、鍛えぬいた力と技を競い合う。これもまた、一つの「対話」であると思います。

今回の五輪野球では、韓国が全勝で、金メダルを獲得しました、とりわけ決勝は、手に汗握る白熱の好試合でした。それらの波乱万丈のドラマに、全世界が大興奮に包まれたことは、ご存知のとおりです。韓日友好においても、スポーツは大きな役割を果たしていると思います。

スポーツという「対話」の舞台で、何よりも大切なのは、フェアプレーの精神です。公正・誠実・真剣---これは、人と人との語らいの場においても欠かせません。

対話とは、まず互いの「共通性」「普遍性」を発見する作業とも言えるでしょう。どれほど国や文化が異なっても、同じ「人間」として理解しあえる喜び---それが対話の醍醐味です。

仏法では「生老病死」の四苦を解きます。生まれ、生きる苦しみ。老いる苦しみ。病む苦しみ。死ぬ苦しみ。この四つは、人生の根本課題です。誰人も、その苦悩から逃れることはできません。

万人に共通する人生の根本課題を踏まえれば、どんな人とも話しは通じます。貴国の安昌浩先生も、対話の達人であられたと聞いてます。私自身、対話は新しいことを学び、自らの世界を広げていく生きた授業だと思ってきました。
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韓国を代表する月刊誌 「月刊朝鮮」にインタビューを掲載(中)

■信仰について

Q.自らを特別な人間だったと思ったことはありますか。また、自身の信仰心に疑問を感じたり、疑ったことはありますか?

A.私は貧しい海苔屋の息子です。自分を「特別な人間」などと考えたことはありません。人間は人間以上に偉くはなれません。偉ぶった人間が大嫌いです。人類の99%は民衆です。庶民です。どこまでも一人の人間として、民衆とともに生き抜いていくことが、私の信条であり、誇りです。

私自身、信仰の道を志した当初は、「生と死」という根本の課題について強い関心を抱いておりました。この問題に仏法の知見がどう答えうるのか、思索を重ねる日々でした。疑問は当然たくさんありました。

もし宗教が疑問をもつこと自体を否定するならば、人間本然の伸びやかな精神も失われてしまうでしょう。そうした宗教は社会から遊離し、独善や狂信に陥る危険性もあります。

私の恩師戸田先生も常々「信は理を求め、求めたる理は信を深らしむ」と語っておりました。「理」とは論理性、即ち「疑問」「徹底して考え抜くこと」と言い換えられます。信ずることと問いかけることは、あざなえる縄のごとく、相乗的また相互的に影響し、精神性を深めていくものです。

ある意味で、信仰の延長は知性です。知性の延長は信仰へとたどり着きます。真実の宗教は、人間を「無知」と「愚かさ」の闇に閉じ込めるものではない。人々を鋭き「知性」に目覚めさせ、「賢く」していく---これが仏法と出会い、60年以上、信仰してきた私の確信です。

■韓国の青年へ

Q.韓国の青年達に聞かせたい話はありますか?

A.かって、貴国の独立の大指導者である呂運ヨン先生は、こう強調されました。「未来は、青年のものであると同時に、青年はまた、未来の象徴、前進の精神だと言える」「青年だけが、常に計り知れない遠大な理想を持っているのであり、また、大きな理想を憚りなく、大胆かつ真に躍動する力があるのである」と。私の大好きな言葉です。

青年とは「建設」の異名です。青年とは「革新」の息吹です。私は青年を愛します。青年の決意は美しく、青年の成長は皆の希望であるからです。私自身の青春時代を振り返り、思うことがあります。それは、もっと本を読み、勉強をしておくべきだった。もっと体を鍛えておくべきだった。特にグローバル化の時代にあって、語学を身につけておけばよかったと、今も悔やんでいます。

私は、日本の青年達に、貴国の人権の闘士であるハムソクホン先生の言葉を通して励ましを贈ったことがあります。「苦難が人生を偉大にする」「苦難とは、勝利者にとって、珠を磨く石のようなものだ」と。
--------------------------------(一部紹介)-------------------------------
◎18ページにわたり掲載されたインタビューの大意

「この地球上から『悲惨』の二字をなくしたい」と題されたインタビューで、「分断の時代」から「共生の世紀」を展望。

さらに漢字文化や言語、食文化等、韓国と日本の精神的土壌に言及するなど話題は多岐に。池田大作氏は「文化大恩の国」への敬意を表するとともに、両国は「世界の模範たる麗しき兄弟として、共々に平和と発展を築き上げていくべき時代に入っている」と述べ、さらなる友好を念願されている。
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韓国を代表する月刊誌 「月刊朝鮮」にインタビューを掲載(下)

<識者の反響の声>

■韓国専門新聞協会:金是中会長

『韓国を代表する月刊誌である「月刊朝鮮」に池田SGI会長の記事が掲載されたことは大変なことです。韓国の社会にあっても、SGI会長の記事の内容は歓呼君の人々を励ましてくれるでしょう。SGIの勝利の結果です』

■釜山広域市西区庁長:朴克済

『池田SGI会長の思想と行動を客観的な立場で見つめ、心が振るえ、感銘を受けました。インタビューの題名は、SGI会長の思想とSGIが追求する行動、哲学を、これ以上、何も付け加える必要が無いほど正確に理解できるものです。

SGIの大発展の根幹には、師匠と青年を大切にし、絶えず民衆の仲で行動してきた事実があります。すべての宗教が人類の幸福を祈ってっきましたが、宗教による犯罪と戦争は絶えません。その理由について、戸田第2代会長は「それぞれの宗教の創始者が一堂に会して会議を開けば話しは早いはずだ」と言われました。「教義論争ではなく人間として皆を幸せにし、平和になるためには真にどうすべきか頭をつき合わせて考えるべきだ。争いは、人間の幸福という宗教の目的を忘れたところから生じている」とのくだりは、すべての人が共感する部分だと思います。

SGI会長が教育者として、また平和の行動者として賛嘆される理湯を、さらに理解できました。

■メディアフォーラム会長:金志勇

この度のインタビュー記事を読んで、共感する部分

1.「活字の力」が人間の精神の高揚に大きく役立ち、「文の力」は永遠だ。
2.社会生活の基本は、すべて対話から始まるということを啓発。
  対話は即、理解と和解、共有、教育の基本である。
3.率先垂範こそ、人間生活のめざすところであるという視点。

この様に、「人間の尊厳」と「平等思想」をもとにした、日蓮仏法が今日まで脈々と受け継がれ、世界192ヶ国・地域に広がるSGIメンバーが、世界平和と「悲惨」という二字をなくすために、率先垂範の平和運動に取り組んでいることに深い感銘を受けました。

■韓国児童虐待予防協会会長:李培根

池田SGI会長は1960年、32歳の若さで「世界の民衆の幸福と平和の道」の開拓を始められました。以来、54ヶ国・地域を歴訪、50点を超える世界的指導者との対談集の発刊、27の国家勲章、590以上の名誉市民証、245の名誉学術称号を授章されてます。

「悲惨という二字をなくしたい」との崇高な夢に向け、SGI会長があゆんでこられた険しい道のりは、まさに超人的な挑戦の道であります。80歳を迎えられても、青年と共に未来を開くSGI会長の熱情は、夢が何かを問いかけたこともない人々に、「夢は我々をして、見えないものを見させ、信じられないことを信じさせ、不可能を可能にしてくれる」との偉大なメッセージです。

■世界文人協会理事長:金天雨

インタビューを読み、今まで限りない歴史の渦巻きの中で、星座のような光で導いてくださった革命の指導者こそ、まさにSGI会長ではないかと思いました。タイトルを目にした瞬間、数百万ボルトの電流が流れ、共感と、胸の奥の沈殿物の根がすべて取り払われた感覚を覚えました。

SGI会長が伝える仏法思想は、高い所から教えを授けるものではありません。すべての人の心を、互いに通じ合うようにし、ともに生き、ともに成長し、ともに幸福の直道を歩むことを目的とする、平等、同苦、共生の思想です。戸田第2代会長から受け継いだSGI会長のヒューマニズム思想と生命哲学こそ、現代をつなぐ最も美しい指針だと感じます。

私はSGIメンバーではありませんが、人間革命の先駆者であり、世紀の歴史的人物こそSGI会長であると改めて革新しました。SGI会長は、音もなく降り注ぐ霧のように、暗く寂しい世の中を光で導く民衆の杖であり、文化芸術の月桂冠を愛する人物です。
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平和の闘士を顕彰

 ブラジル.jpg

2008年10月17日 ブラジル・サンパウロ州マリリア市市議会より
                      「顕彰プレート」を授与

『崇高な目的の為に戦う人物や団体を讃えずして、誰を讃えるのか?ゆえに、わが市は世界平和の闘士である池田博士を顕彰せずにはいられにのです!そして、その偉大な博士に続くSGIの皆様の活躍を高く評価しているのです!』

                 (エドアルド・ナシメント議長)

◎ブラジルSGIが行った、展示活動をはじめとする地域に根ざした社会貢献運動に共感が寄せられたのです。彼らとの交流の中で、池田大作氏の卓越したリーダーシップ、世界を結ぶ人間外交への理解が深まったのです。師匠を宣揚した弟子の戦いの結果が今回の顕彰へと結びついたのです。
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幸福は一念で決まる


紀元前3世紀にインドを統一したアソカ大王は、武力による征服の悲惨さを強く感じ、以後、仏法に基づき、慈悲の精神あふれる政治をおこないました。

彼は過去世において「釈迦に土の餅を供養した功徳」によって、大王として生まれ変わったのだそうです。もちろん土の餅は食べられません。しかし、釈迦の為という純真な一念から発した振る舞いが、大きな福徳の因を刻んだのです。

供養において大切なのは、「誰に対して供養するか」です。悪人に対して供養すれば、自他共に不幸に陥れる悪業を積むゆえに、功徳を得るどころか「無限地獄に堕ちる」と仏は仰せなのです。

悪業とは、解りやすく言えば、借金と思えばいいです。功徳を貯金としましょう。この世の中には、目先の利益で悪業を積む人が多いのです。悪業を積む人が多い社会は不景気になってしまいます。

人によっては、前世から悪業を積んでる人もいるようです。今世でいくら努力しても貯金が増えない人は、前世の借金を返済しているのかもしれません。そしてたちの悪いことに、それがどれだけあるのか本人は解りません。

前世の借金を返しきれない人は、全然幸せになれないため、今世でまた悪業を積んでしまうのです。つまり多重債務に陥るのです。多重債務が良くないことは誰でも知っています。しかし、現実にはそんな人が多いのです。

しかもその人達の言い訳は「社会が悪い!」。でも社会はあなたに悪業を積めと勧めてはいません。すべて自分の意思でやってきたことなのです。環境のせいにしても何も変わりません。もし変えたければ、あなた自身が変わるしかないのです。

どれだけあるか解らない過去世での借金、あなたはどうやって返済しますか?すくなくとも今世で善業を積まなければ、減りはしませんよね。

では善業を積むためにはどうしたらよいか?それは、他人を幸せにするしかないのです。他人を幸せにするなんて、本人が変わらなければできることではありません。これを「人間革命」というのです。こんな人達が増えなければ地域が変わりません。地域が変わらなければ、一国も変わらないのです。

遠回りのようですが、実はこれが一番の近道なのです。
posted by 一支国 | Comment(0) | 一支国の雑記帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする